「世界を知る指導者が語る、スポーツウエルネス分野に期待すること」開催レポート
立教大学スポーツウエルネス学部開設記念講演会
2023/05/31
トピックス
OVERVIEW
2023年3月10日、スポーツウエルネス学部開設記念講演会<第2弾>として、サッカー日本代表監督の森保一氏、元シンクロナイズドスイミング選手で本学兼任講師の小谷実可子氏、体育会陸上競技部男子駅伝監督の上野裕一郎氏を招いた座談会を開催。世界を舞台に戦ってきた、日本を代表する指導者に、多彩なテーマで語っていただきました。司会はスポーツウエルネス学部の加藤晴康教授(経歴:FIFAワールドカップ2022カタールにてサッカー日本代表チームドクターとして帯同)が務めました。
大一番で力を発揮するために
上野 普段やっていることを試合本番で出すことが一番大切だと思っています。学生たちと一緒に過ごしつつ、彼らのテンション、モチベーションを高めて、それをここ一番という時に発揮させる。それが、箱根駅伝(※)の当日までずっと心掛けてきたことです。私個人としては、世界陸上の日本代表に選ばれたり、オリンピックを目指したりしましたが、結果的に世界で戦い切れなかった、自分の力を出し切れなかったという思いがあります。そのため、学生たちには今しかできないことがあるとしっかり伝えていきたいと思っています。
※箱根駅伝:東京箱根間往復大学駅伝競走。立教大学は、2023年1月に55年ぶりの出場を果たした。創立150周年の2024年の本選出場を目指す「立教箱根駅伝2024」事業に、2018年11月から取り組む中、1年前倒しで目標を成し遂げた。
小谷 オリンピックであっても、ワールドカップであっても、授業の発表会であっても、全身全霊をかけて戦っているアスリートの輝きと与えてくれる感動は変わるものではないと思っています。私の場合、ずっとオリンピックに憧れ、そこで勝つことを人生の目標にしてきました。そうした強い思いがあったから自分の限界を越える努力をすることができましたし、観てくださった方に感動していただけたのではないかと思っています。目指す所がオリンピックでなかったとしても、誠実な思いを持って、準備を重ね、練習の成果を出せるように努力すれば、最高の達成感や喜びを味わえると思います。目標に向かってできる限りの準備をすることが大切ではないでしょうか。

森保 一 氏
選手の自主性と指導者の役割
上野 立教大学の駅伝チームでは、監督がトップダウンで指示を下すことは基本的にしていません。ジョギング、体幹トレーニング、補強、普段の生活、それぞれに対して、選手個人がしっかり意識を持って取り組むように伝えています。私自信の経験からも、自分で考えられる選手でないと一流のアスリートにはなれないと実感しています。ですから、自分で考え尽くした上で分からないことがあれば相談してもらうようにしています。また、陸上競技は、ものすごくキツい面が多いです。ですので、そこにさらにキツさを上乗せしてしまったら、何が楽しいのかわからなくなってしまう。やはり陸上競技、中でも長距離走の魅力は楽しく走ることが原点だと考えていますので、それができる環境を整えてあげたいと思います。それを自分たちで考えながら作っていくことが徐々にチームとしてできるようになってきたと感じています。監督が上からものを言わないということを理解してもらうためにも、選手たちとできるだけいろいろな話をするようにしています。
加藤 私がサッカー日本代表チームに帯同していた時、森保監督が選手たちの話をよく聞いている様子を目にしていました。そして、一人一人の情報を理解しているので、選手が出ていた試合の映像を全て見ているのだと感じました。ものすごい準備があって、ものすごく考えているから選手と対話ができるのかなと思いましたが、いかがでしょうか。
森保 私が監督として選手たちにしてあげられることは、できるだけ多くの選手を見た中で代表選手を選ぶことだと思っています。多くの選手が日本代表になりたいという思いを持っていますから、技術や戦術云々の前に、可能な限り試合を観て、選手たちを評価することが指導者としてやるべきことだと考えています。自主性という点では、代表選手たちは普段から突き抜けた向上心を持って最大限の練習をしていますので、それ以上こちらが言うことはありません。ただ、自主性だけに任せていると自分がどのレベルにいるのか、どんな課題を抱えているのか分わからなくなることがある。ですから、選手たちの普段の練習や試合をしっかり見て、何ができて何ができていないかを客観的に指摘し、フィードバックすることでレベルアップにつなげてもらうことを大切にしています。そのために、できるだけ選手たちとコミュニケーションを取るようにしています。
加藤 シンクロナイズドスイミング(現在はアーティスティックスイミング)は、指導者がとても厳しいイメージがありますが、その中で選手の自主性はどのように位置付けられているのでしょうか。

小谷 実可子 氏
なぜそこまで信頼できるかというと、どんなに大変な練習にも一緒に付き合ってくれて、夜遅く、みんなが疲れ切っている時でも、はつらつとした顔で体調を維持するための差し入れを持ってきたりしてくれていたからです。そうして引っ張っていただいたおかげで、夢だったメダルを獲得できた。目標を達成したことでコーチも私に対して一目置いてくださるようになり、その後は対等な立場で演目を作れるようになりました。コーチとの対等な立場というのは幸せな形ではありましたが、選手の自主性に任せて好きにやらせればいいのだったら監督は要りません。自主性を尊重しながらも、経験や技術があるからこそできるアドバイスを与え、時々スパイスを効かせてあげることが大切だと思います。
森保 自主性を尊重して自ら成長してもらうことは、多様性を重んじる今の時代に合っていると思います。しかし、監督やコーチは、ダメなものはダメだとしっかり言えるだけの考えを持った大人でないといけないと思います。小谷さんのように監督を信じてついていけば目標に到達できるという形を作るのも監督やコーチの役目だと思います。目標は絶対にある中でさまざまな手段があるのではないでしょうか。
スポーツ科学に期待すること
安松 スポーツウエルネス学部ではスポーツ科学の研究も行いますが、皆さんがスポーツ科学に対してどのようなことを期待されるかをお聞かせいただけますでしょうか。

上野 裕一郎 氏
小谷 シンクロナイズドスイミングは、見る人の主観で点数をつける競技ですが、近年はさまざまな技術が導入されており、練習の際に選手の身体の動きや泳いだ範囲を可視化して、フィードバックできるようになっています。それにより、選手たちも確信が持てますし、モチベーションアップにもつながります。しかし、ただデータを取るだけでなく、研究者の方々が本当にスポーツを愛し、チームの一員になり、絆ができて初めて、そうした科学的なアプローチが双方にプラスになるのではないかとも思っています。
森保 スポーツ科学は、スポーツを進化させるため、個々の、そしてチームのパフォーマンスを向上させるために必要なものだと考えています。どの程度のパフォーマンスができているか、どこを強化すればパフォーマンスが上がるのか、そういったことを客観的に評価するには、やはり科学の力が必要になると思います。
アスリートのメンタルマネジメントについて
森保 試合に臨む時だけいきなりメンタルを強くしたり、メンタルを落ち着かせたりすることはできません。ですから、試合で最高のパフォーマンスを発揮してもらえるように、普段やっていることに自信を持ってもらうような声かけをすることが多いですね。普段所属しているチームで良いプレーをしているからこそ、代表チームでプレーできている。だから特別なことをするのではなく、普段の力を発揮すればいいと伝えています。
小谷 私はメンタルが弱い方でした。そんな中で、コーチから言われたのが、「世界中の誰よりも練習して本番に臨もう」ということでした。そうすれば結果としてメダルが取れるし、万が一、取れなかったとしても納得がいくはず。そう信じて、日々、メダルを目標に練習を重ねました。
上野 練習の積み重ねは本当に大切だと思います。メンタルは成功を積み重ねていかないと絶対強くなりません。どんなに小さなことでも良い。今日、これができるようになったという成功を積み重ねることで、絶対にメンタルは強化されていきます。
森保 私は、メンタルには自己肯定感が非常に大きく影響すると考えています。勝負に勝ったり負けたり、失敗したり成功したりある中で、負けた自分、失敗した自分を受け入れて認めてあげることも強さなのではないかと。誰かと比較して優劣をつけるのではなく、たとえ失敗であっても何かに挑戦した自分を認めてあげることもメンタルを強くするためには必要なことだと思います。
小谷 2014年ソチ五輪フィギュアスケートでは浅田真央さんがショートプログラムで力を発揮できなかったものの、翌日のフリーでは思い切りのいい演技ができました。それは、結果を恐れず、挑戦する気持ちがあったからだと思います。その結果が金メダルでなかったとしても、観ている人は感動して涙するんです。そのように、日本のスポーツファンは、挑戦する姿を良しとする姿勢でいてほしいと思います。スポーツウエルネス学部の皆さんには、ぜひそうした風を吹かせていただきたいです。
加藤 私たち教員も一丸となって日本のスポーツ界を盛り上げるような学生を育てていきたいと思います。本日は皆さまありがとうございました。

プロフィール
森保 一 氏
もりやす はじめ/長崎県出身、元プロサッカー選手、現役時代のポジションはミッドフィルダー。元日本代表で2018年から日本代表監督。サンフレッチェ広島時代に当時監督だったハンス?オフト氏に見いだされ代表選手となる。現役引退後、2004年にサンフレッチェ広島監督に就任、2017年からU-24日本代表の監督、2018年ロシアW杯代表コーチから昇格するかたちで日本代表監督に就任した。昨年のW杯で代表が活躍し、監督継続が決定した。
小谷 実可子 氏
こたに みかこ/東京都出身、日本大学文理学部卒業、元シンクロナイズドスイミング選手。1988年ソウルオリンピックにおいて開会式で日本選手団の旗手を務め、ソロ、デュエットともに銅メダルを獲得した。この年、都民栄誉賞、ビックスポーツ賞を受賞。東京2020オリンピック?パラリンピック競技大会組織委員会スポーツディレクターを務めた。また、本学の兼任講師(「スポーツ実習」担当)を務めている。
上野 裕一郎 氏
うえの ゆういちろう/長野県出身、中央大学法学部卒業、陸上競技中?長距離選手兼監督。大学時代に出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝などで活躍、第12回世界陸上競技で5000mの代表選手となる。大学卒業後、エスビー食品、DeNAを経て2018年立教大学体育会陸上競技部男子駅伝監督に就任した。就任4年目にして箱根駅伝予選会を突破し、本選出場を果たした。現在も選手として試合への出場を続けており、「日本一速い監督」とも言われる。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
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